中央アジア_201306
今回のシルクロードの旅で予想に反して綺麗だったのは、キルギスのアルアラチャ自然公園。 天山山脈は中国のウルムチから西に多くの4000m~7000m級の山々が連なっている。シルクロードは、その天山山脈の北側を通ってカザフスタンのアルマティに抜…
青の都サマルカンドの最後、第4弾はレギスタン広場。14世紀にはサマルカンドの中心的な広場だったという。レギスタンとは砂地を意味する。6本の大通りがここで交差していたことから商売人と職人が集まっていたが、17世紀までには破損状態になったとい…
青の都サマルカンドの3弾はビビハニムモスク。ティムール帝国の大聖堂である。15世紀初頭、7年に及ぶインド遠征からの凱旋門の役割を担って建てられたのだが、今回のツアーガイドのノディルさんの話では、ジンギスカンの孫娘のサライ・ムルクハニム(ビ…
サマルカンドの建物の写真第2弾はグルエミル廟。ティムールとその一族の墓となっていて、中に石棺が並んでいる。 ドームとミナレットはその形から理解できるものの、モスクと霊廟と神学校の門であるメドレセとその区別をどうつけているのかが判らないままで…
今回の旅行の見どころは色々あるが、帰国して最も印象に残っているのはサマルカンド。青い空の中に映える青いドームや霊廟の数々。数多くの写真を撮って来たのでその一端を紹介したい。まずはシャーヒズィンダ廟群。とにかく濃い青から淡い青のタイルの組み…
ウズベキスタンの後半、サマルカンドでは昼食時に郊外のレストランや民家に田舎料理を食べに行く機会が多かった。特に12日目の昼は元JAICAでウズベキスタンに派遣されて来ていた女性が現地の方と結婚し、現在は夫婦で日本に住んでおられるのだが、そ…
ウズベキスタンに入っても食事に大きな変化はなく、最初に野菜類が3~4種類大皿で出てきてそれを各自で取り分けて、途中でスープ最後にメインが個別に出て、最後は緑茶か紅茶で締めるというパターンであった。 7日目(6月27日) カザフスタンで最初の…
今回訪れた国々は回教徒国で肉類を多く食べる。その種類としてはマトン、ラムなどの羊肉かビーフ、チキンなどを食べるのだが、ポークは食べない。また市場などで馬の肉を売っているのも見かけた。 そんな中でキルギスでは魚料理が出て来た。魚の種類といって…
1日目(6月21日) 行きの成田-タシケント間の機内食・昼食 チキンかビーフかでチキンを選択 同じく成田-タシケント間の機内食・夕食 タシケント-アルマティ間での軽食 アルマティへの到着が夜遅くなるため、夕食はお弁当が用意された カザフスタン・…
最終日はホテルを10時過ぎと遅めの出発。それまでに前日行ったビビハニムモスクやレギスタン広場などホテル近くを散策。 ホテルを出てタシケント行きの列車に乗るためサマルカンド駅に向かった。駅では手荷物検査の後大きな荷物はポーターが運んでくれるた…
この日はホテルを出て歩いての観光。タシケント通りを北に向かうと辿り着いたのはビビハニムモスク。ティムールが7年間の遠征からサマルカンドに戻ると、その間に妻が大きなモスクを建てていて、都に入ろうとしたティムールが遠くから大きな建物を見て他の…
青空にブルーのドームが映える「青の都」サマルカンド。シルクロードの中心としてして栄えてきたが、その中でも最も輝いているのは15世紀ティムール王国の時代である。 紀元前700年頃に栄えていたソクト時代。アフラシャブ博物館にはその頃の王族が各国…
この日はブハラからサマルカンドへの移動の途中、南方向にあるシャフリサブスに立ち寄った。この街はティムール帝国を築き上げたティムールの故郷の町。 15世紀はティムールの時代といわれ、中流クラスの家に生まれたティムールは20代までに有力者となり…
この日はブハラからの移動はなく、ブハラの旧市街地を見て回った。 中央アジアは昔からかなり短いスパンで征服者が代わっていった。アレキサンダー、チンギスハン、ティモールなどいろんな思想の支配者たちが入り乱れては通り過ぎていった。そのうち海の時代…
前夜泊まった世界遺産の町のヒヴァから、この日は何本かあるシルクロードのひとつを通って、次のオアシスの街ブハラへと400km強をバスで通り抜けてきた。途中4回ほどの休憩のうち昼食時を除き、青空トイレの利用。この地域のトイレ事情はけして芳しく…
今回の旅程の中最西端になるヒヴァへは、タシケントから国内線でホリズン州の州都ウルゲンチに飛び、そこから新たなバスに乗り換えて1時間かかって到着した。 途中なかなか預け荷物が出てこなくて1時間以上も足止めを食らった。 タシケント空港のターミナ…
カザフスタン~キルギス~ウズベキスタンのシルクロードを巡る旅15日間も、7泊目ともなればちょうど中間地点か? この日はキルギスの首都ビシュケクから空路を使ってウズベキスタンの首都タシケントへと飛んだ。1日目にタシケント空港にトランジットで着…
この日はイシククル湖からキルギスの首都ビシュケクに戻るコース設定。岩絵や博物館を見学した後は西へ向かい、途中シルクロードの道しるべとなっていたブラナの塔や、バラサグン遺跡などを見たり、玄蒋三蔵法師がが滞在していたとい村にも立ち寄った。 イシ…
この日はキルギスの首都ビシュケクからアルアラチャ国立公園を散策した後、昼食後は5時間掛けて天山南路の一部を通ってイシククル湖へ。1時間のツーリングを楽しんだ後はラドゥガリゾートで宿泊。 キルギス・ビシュケクのアクケメホテルを出発 アルアラチ…
カザフスタンのオトラル・アルマティ・ホテルに3連泊した後、この日はカザフスタンに2箇所ある世界遺産のうち紀元前2世紀頃から描かれている岩絵のあるタムガリ遺跡に立ち寄った。アルマティから3時間強。昨日と同じく途中で青空トイレのお世話になった…
アルマティから右手に雪をかぶった天山山脈を見ながら、東に150km行った所に中央アジアのグランドキャニオンと呼ばれるチャリンキャニオンがある。本家本元のグランドキャニオンには川幅も高さもはるかに劣っているが、削り取られた段丘は確かに見ごた…
カザフスタンのアルマティはかつて首都であったものの現在は最も大きな街という表現に留まる。民族数が100を超える人種のルツボともいえる。旧ソ連の下ではヨーロッパに近い地域に住んでいたドイツ系の人や朝鮮半島近くに暮らしていた朝鮮族の人などは、…
僕にとってシルクロードは憧れの地だった。1985年頃にNHKが「シルクロード」を取り上げてから、喜太郎のシンセサイザーの音色と石坂浩二のナレーションもあって、中国西域への思いを強くした。1988年8月には西安から蘭州~酒泉~嘉峪関~ハミ~…