2009-04-01から1ヶ月間の記事一覧

太陽光発電・今月の発電量(09-4)

4月のデーターは、発電量253kWh+電力会社からの購入量162kWh-電力会社への販売量201kWh=わが家での総使用電力量214kWhであった。 今年の4月は晴れの日が続き、4月としては過去3番目の発電量を記録した。 例年桜が咲くと桜花を散らすかのように雨が降…

[その6] 34:吉田宿~35:御油~36:赤坂~37:藤川 (2009.3.29) ⑧

脇本陣跡の資料館を出て、この日は藤川で終わりなのだが、どうせならば西のはずれの吉良追分まで行って次回のスタートポイントを確認することにした。その後藤川駅に戻り豊橋でJRに乗り換えて家に帰った。 藤川宿の石碑(15:40) 藤川宿の古地図、右(東)端に…

高遠城址公園桜バスツアー

今日は、遠州鉄道のバンビツアーで長野県高遠城址公園のお花見バスツアーに行ってきた。 武田信玄により築城されたという高遠城は武田氏にとって岐阜城の織田信長や浜松の徳川家康など西からの進入に対として要の城であった。 明治になり廃藩置県によって城…

[その6] 34:吉田宿~35:御油~36:赤坂~37:藤川 (2009.3.29) ⑦

棒鼻は出入り口という意味で、広重が藤川宿に棒鼻の図を描いてからは棒鼻は藤川宿の象徴となっているという。 宿場の入口には曲手(かねんて)というクランクになっていて外敵から宿場を守るためであるともいわれている。道を右に折れさらに左に折れると50…

[その6] 34:吉田宿~35:御油~36:赤坂~37:藤川 (2009.3.29) ⑥

本宿は赤坂と藤川の間の宿で宿場町ではないが、町おこしのためか道標や由来書の看板が多くある。 中心は徳川家康が幼い頃預けられていた法蔵寺である。陣屋や蘭方医・宇都野龍碩(うつのりゅうてい)の邸宅などもあった。 法蔵寺前にある御草紙掛松の由来書 …

[その6] 34:吉田宿~35:御油~36:赤坂~37:藤川 (2009.3.29) ⑤

この日は薄日は射していたが3月下旬とは思えないくらいの温度でいくら歩いても身体の方が温まってこない。あつあつの味噌煮込みうどんを食べようやく体が温まったところで再び歩き出す。 陣屋があった所が「やらまいか」という休憩所兼資料館になっているの…

マリンダイビングフェア・海と島の旅フェア2009…4月4日

毎年この時期には、㈱水中造形センター主催のマリンダイビングフェア・海と島の旅フェアが、池袋サンシャインシティで開催されていて、それを見に東京まで出かけた。 この中で「地球の海フォトコンテスト」の受賞作品の展示会も行なわれる。以前はこのコンテ…

[その6] 34:吉田宿~35:御油~36:赤坂~37:藤川 (2009.3.29) ④

御油の宿での史跡は目立たなかったが、赤坂宿の中は史跡の説明看板が増えた。。 土産物屋「愛輪」(12:00) 店先にある赤坂宿の標識 関川神社 境内には芭蕉の句碑がある 高札場跡(12:05) 歴史を感じる町並みの中で最も目立つのが、今も客をとっている旅籠・大…

[その6] 34:吉田宿~35:御油~36:赤坂~37:藤川 (2009.3.29) ③

「ごゆはし」を渡って御油の宿に入った。この宿場はそれほど大きくはない。 御油宿入口付近(11:30) 若宮八幡社 高札場跡 三河地方は味噌屋さんが多い 本陣跡(11:40) 有名な醤油会社の蔵 飯盛り女の墓がある東林寺 御油宿の外れ ものの15分で御油宿を抜け、…

[その6] 34:吉田宿~35:御油~36:赤坂~37:藤川 (2009.3.29) ②

小坂井町に入って道幅が狭くなり、右側を歩いて行くと反対方向から来る車が時々止まって、対向車が通り過ぎるのを待ってから再発進するほどである。 それと共に、旧東海道を示す道標もほとんどなく、本当にこの道で良いのだろうかと不安になってくる。しかし…