ボリビア・ウユニ塩湖ツアー4日目の1 (2015.2.19)

この日はバスに乗り標高2750mのスクレから、今回の旅の目的地標高3660mのウユニまでバスでの移動。途中標高4090mのトポシで昼食兼観光に立ち寄る。
前夜は早めに寝たのだが、途中頭痛を感じて目覚めてしまった。高山病の対策としては深い呼吸が一番なのだが、寝ている時はどうしても呼吸が浅くなる。元々鼾が大きいと言われているし、さらに無呼吸で寝ていることもあるようでなので高山病に対しては問題は多い。頭痛薬は出来るだけ控えているのだが、どうして我慢できない時には2錠の処方に対して半分の1錠だけ飲むことにしている。さらに今回は旅行説明会で貰った「食べる酸素」も気休めとは判っていても夜中に食べてみた。おかげで夜明け前の数時間は軽く寝息を立てて寝ることが出来たようだった。
朝のモーニングコールは6時半。朝食を食べに出ると、同宿のユー○○○旅行社のツアーの方々が我々よりも15分早く出発するということで前夜のレストランの席のほとんどを独占しており、遅れて食事に行った分彼らの空いている席に挟まれて食事となった。その中での情報交換では彼らはパタゴニアやイグアスにも足を延ばすツアーで、ウユニ塩湖がツアーの最後なのだという。前日もスクレの街の中で時々鉢合わせ状態だったが、これからもウユニ塩湖で同じ日程で動き回るのだということだった。

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旅行説明会に出て貰った「食べる酸素」

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朝食はユー○○○旅行社のツアーの方々と相席となった

食後、前の日に宿の屋上で見た夕陽が良かったと聞いていたので、屋上に出てみた。スクレの街の中で飛びぬけて高い建物ではないのだが、まあまあの見晴らしであった。

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宿の屋上から見たカテドラル すぐ近くに泊っていたのだった

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赤い瓦屋根が連なる

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屋上の吹き抜け越しに

8時にスクレの街を出て緑の中を走って行く。この辺りはボリビアの中でも農産物の産地なのだそうで、一時的に標高は2000mほどまで下がるのだが、やがて県境近くの吊り橋で写真タイムをとり、そこから山道に差し掛かり上りが続く。
そして3300mくらいまで登って来ると平らな台地の上に出る。日本で3300mといえば木も生えていないような山岳部になるのだろうが、ここは農産物の産地ということで緑豊かな地域が続く。

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緑豊かな道が続く てっきり登っているのかと思ったらスクレ寄りも下がっていた

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県境近くの吊り橋のある所で写真タイム

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これからマルセオ川の上流の方へと道は登って行く

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1回目のトイレ休憩はこのガソリンスタンドのあるミラレスという村で

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トイレ休憩後も道はどんどん登って行く

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標高3300mくらいまで上がると平らな所に出た

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農作物の産地になっているそうで緑が広がっていた

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中には牧草地もあって羊の群れもいた

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背後には山々もあり緑豊かな村という感じがした

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出発から3時間 ポトシの街が近付いて来た

ポトシは1545年に銀鉱が発見され、さらに錫やタングステンが次々と発見されて栄えたが、銀が尽きると人々は離れ廃れた。20世紀初めに再び地下資源が見直され現在は活気が戻っている。
標高4090mのポトシの街にはいくつもの教会が立ち並び、見どころも多かった。

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ポトシの街は活気にあふれている

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標高4000mを超えているにもかかわらず人々が行き交う

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市場には多くの果物が積まれている

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肉も吊るし売りされていた

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サン・ロレンソ教会前の道も混み合っていた


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民族衣装の女性が通った

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フェスティバルでもあったのか道の上に青白のフラッグがたなびいていた

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ラ・コンパニーア・デ・ヘススの塔

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ヘススの塔前の青い建物

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11月10日広場の中央には自由の女神像が建っている

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11月10日広場の北側に建つカテドラル

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11月10日広場の西側には裁判所がある

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1545年に銀鉱が発見されたポトシ山(4700m)からこの街が始まった

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サン・フランシスコ教会はこの街で最も古い教会である

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サン・フランシスコ教会の手前のレストランで昼食

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レストランの内部

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この日の昼食はラザニアなどのイタリアンだった

=つづく=