[23日目] 10:本庄~9:深谷~8:熊谷 (2012.10.10)⑤
この日中山道の深谷宿の稲荷町常夜燈の所で、昭和6年生まれだというお父さんが話しかけて来た。しばらくの間一緒について行っても良いかという。なんでも毎日チャリで20km徘徊しているのだという。自転車で並走しながら、中山道を歩いている人たちはどんなことに興味があったり、どんな写真を撮ったりしているのかということに興味があるのだという。道すがらの話の内容は昭和20年代の養蚕のこととか、渋沢栄一の煉瓦工場のこととか深谷宿近辺のことなのだが、神社などではチャリを降りて解説をしてくれた。本人が徘徊しているのだという割りには話の内容はまともで、元気そのもので感心させられた。
傍らの句碑
東方二丁目交差点 道標に何やら彫ってあるのだが判読できない
自転車のお父さんは深谷市と熊谷市の境にあたる新堀北交差点という所で左に曲がって北の方を目指していった。別れ際に2枚の紙切れをくれたのだが、1枚は「火の用心」をもじった「肥満大敵 死の用心 せんべい一枚 でぶのもと」という戯言が書いてあり、もう一枚には京都の龍安寺石庭にある水戸光圀が寄進した知足の蹲踞(つくばい)というものに彫られているという吾唯知足(われただ足るを知る)と読むもの。すごく教養のある老人に出会った。
別れ際に貰った「肥満大敵死の用心せんべい一枚でぶのもと」と 「吾唯足るを知る」の2片
~ つづく ~