3日目(7月20日) イスタンブール~エディルネ・世界遺産のモスク
トルコで最初の朝。いよいよトルコ周遊の旅が始まった。モーニングコールは6時で、荷物を部屋の外に出すのが6時半。朝食も6時半からで出発は8時となっている。
朝食の後、出発まで時間があるのでホテル前の道を散策してみる。東西に走る道路で1ブロック東の信号のある交差点に行ってみた。この国の歩行者は信号が青になるのを待つことはしない。左から来る車が途切れれば赤だろうがお構いなしに渡って行く。すれすれに車をかわしているが、事故は起きないのだろうか?とても不安である。
この道は旧市街へと入って行く幹線道路で中央分離帯もあり、植栽の手入れが行き届いていて季節の花が咲き誇っていた。
朝食の後、出発まで時間があるのでホテル前の道を散策してみる。東西に走る道路で1ブロック東の信号のある交差点に行ってみた。この国の歩行者は信号が青になるのを待つことはしない。左から来る車が途切れれば赤だろうがお構いなしに渡って行く。すれすれに車をかわしているが、事故は起きないのだろうか?とても不安である。
この道は旧市街へと入って行く幹線道路で中央分離帯もあり、植栽の手入れが行き届いていて季節の花が咲き誇っていた。
アクギュンホテルでの朝食、生野菜は避けて。。。
アクギュンホテル
アクギュンホテルから1ブロック東に行った所の交差点
8時ホテルのロビーに集合。今回のツアーは緑タグ班と赤タグ班の2チームに分かれていて、緑班の添乗員の方が経験が長いようで、いつも集合が早く動き出しが早い。その秘訣は少人数のグループ制をひいて点呼をとっているようで、朝食の時に隣り合わせになった人に「私はカッパドキア組だけど、あなたは何組ですか?」と聞かれキョトンとしてしまった。さらにいえば図々しい人も多いようで、前日のカイロ市内観光の博物館でも赤タグ班が列を作っていてもお構いなしにどんどん前へ前へと割り込んできていた。
これではいけないと思ったのか赤タグ班の若い添乗員のヒトミちゃんも、突然グループ分けすると言い出した。僕はA組(当初エジプト組といっていたが、参加者からそこまでする必要はないのではという声で単純にA~D組の4組に分けた)になり、僕から最高齢85歳の杉山さんまでの老年男性の8人組。この組編成で点呼時に人数確認することで、添乗員がいちいち人数を何回も数え直す必要がなくなって時間の短縮となった。またバス前から2~4列までを4組が日替わりで座り、それ以外が自由席となる。
バスに乗り込みイスタンブールから西方向230kmのエディルネを目指す。途中、高速のサービスエリアで1回休憩があった。都心を離れれば向日葵畑をはじめヨーロッパの農園地帯のような景色が広がっていた。
これではいけないと思ったのか赤タグ班の若い添乗員のヒトミちゃんも、突然グループ分けすると言い出した。僕はA組(当初エジプト組といっていたが、参加者からそこまでする必要はないのではという声で単純にA~D組の4組に分けた)になり、僕から最高齢85歳の杉山さんまでの老年男性の8人組。この組編成で点呼時に人数確認することで、添乗員がいちいち人数を何回も数え直す必要がなくなって時間の短縮となった。またバス前から2~4列までを4組が日替わりで座り、それ以外が自由席となる。
バスに乗り込みイスタンブールから西方向230kmのエディルネを目指す。途中、高速のサービスエリアで1回休憩があった。都心を離れれば向日葵畑をはじめヨーロッパの農園地帯のような景色が広がっていた。
いよいよトルコ観光のスタートです トルコの地図がバス正面に貼り出された
都会を離れると農園風景に変わる 一面に向日葵が咲き誇っていた
ユチュ・シュレフェリモスクの内部…再掲
礼拝をする信者
98歳まで生きた建築家スィナンの像 大量のパンを頭に載せたおじさんが通った
建築家スィナンの設計したエディルナのセリミエモスク…再掲
セリミエモスクに入って行く
バルコニーの上から見たセリミエモスクの内部…再掲
~つづく~