[18日目] 28:和田~27:長久保~26:芦田~25:望月~24:八幡~23:塩名田~22:岩村田 (2012.6.28)⑩

八幡宿から塩名田宿までは3km。途中、御馬寄で千曲川に架かる中津橋を渡る。その手前に公園がありその東屋が陽射しを遮ってくれていたので、そこで一休み。望月のバスターミナルから6kmを2時間近く掛かって歩き続けてきたことになる。といっても史跡を見つけて写真を撮ったり案内マップを見比べたりしながらの時速3kmは僕の街道歩きの標準的なペースで、足裏のマメの痛さをこらえながらにしては上々である。ちなみに朝8時に出発した和田宿からは、25km弱を休憩も含めて8時間で来ている。
塩名田宿千曲川の渡しで栄えた。対岸の御馬寄との間は当初は渡し船だったのだろうが、明治初期の写真では川の中の大きな石に舟を括り付けて並べその上に板の橋を通して浮き橋にしていた。

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御馬寄地区、千曲川に架かる中津橋たもとの公園の東屋で小休止(16:05)

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かつて千曲川の渡しであった所は現在では中津橋が架けられ、その脇に歩道橋がある

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舟つなぎ石の説明板

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浅間山がすぐ近くに見える

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千曲川に架かる中津橋歩道橋を渡る(16:20)

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橋を渡ったら、橋の下をくぐって川に沿って少し行く

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塩名田宿へはあと500m           舟つなぎ石の説明板、左下に昔の舟橋の写真

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川の所々の大きな石が舟つなぎ石か?

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旧街道は川魚料理の竹廼家の角を曲がって進む

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左に蔦屋旅館、右に塩名田宿の看板が下がっているが、実際の宿場跡はもう少し先になる

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三階建て住居群の説明板             街道に面した角屋など三階建て住居が残る

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塩名田宿の中心部 ウダツに源氏車の紋が入った白壁の家が大和川蔵元、現在は大和屋酒店

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上の写真の大和屋酒店の隣の大きな町家が佐藤家、その説明板

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塩名田宿の案内板

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高札場跡

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問屋本陣の看板が掲げられた丸山新左衛門家

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塩名田宿本陣・問屋跡の説明板

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塩名田のバス停(16:35)

~ つづく ~