[10日目] 46:大井~45:中津川~44:落合~43:馬籠 (2011.7.16)⑩

与坂立場を過ぎ正面に開けた景色を見ながら坂を下って来ると旧街道は再び国道19号線の中津川バイパスにぶつかる。しかし道標を見落としたのかバイパスを渡ることが出来ない。しかたなく並行する側道を右手に150mほど行った所の信号を渡った。道を渡って50mほど行ったら旧街道にぶつかった。しかし青地に黄色矢印の見慣れた道標があるだけで、右も中山道、左も中山道と書いてあってどっちに進むか分からない。今までの流れだと右に行って良いのだが、落合五郎城跡を過ぎると再びバイパスの上の歩道橋を渡ることになって、これではまた元に戻ってしまうのではと再び悩む羽目に!

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木曽義仲の家臣の一人、落合五郎の城跡(おがらん様)

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落合五郎兼行についての解説

太陽の位置から何となく南の方に向かうみたいのでおかしいかなと思っていたが、バイパスを超えて左折して東方向に向かい始めたので一安心。こんなことなら最初からバイパスを渡らずに側道を真っ直ぐに来ていても同じ所に出れたのに! バイパスだとか道の改修だとかで本来の道とは少しずれる所も多いのだろうな、というのが感想でした。
そしていよいよ落合宿に。。。
中津川宿を出て一時間ちょっと過ぎたのと、今の迷い道でイラッときたので、善昌寺前の公園で一休み。水道でタオルを濡らして、と思ったら、蛇口のハンドルが外されていたため水を使うことが出来なくなっていた。
10分ほど木陰で通り抜ける風で涼を取ったあとリスタート。JA前の自動販売機で冷たいスポーツドリンクと麦茶のペットボトルを買い渇きを癒す。

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落合宿の入口付近、善昌寺にぶつかる 右に曲がると落合宿 左手の公園で一休み(13:40)

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善昌寺の由来と門冠の松の説明板

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善昌寺前の角、右中山道中津町一里の道標       落合宿助け合い大釜はJA前にある

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落合宿助け合い大釜の由来と広重の木曽海道六十九次之内・落合

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落合宿本陣 明治天皇の小休所の碑も建つ

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昭和五十四年に作られた落合宿本陣の立て札だが文字がかすれ読みづらい

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脇本陣跡の道標             旧街道は左に曲がる、善昌寺からわずか250m

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上町の秋葉常夜燈

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上町の常夜燈の説明                  上町の秋葉様の「常夜灯」の説明

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宿場外れにある高札場跡の道標から左手に入る

落合宿は距離も短くあっという間に通り過ぎ、いよいよ馬籠宿に向けて山道へと入って行った。

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中山道の付替と落合大橋の説明板 たびたび洪水で橋が流され道の位置が変わった

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明和8(1771)年以降の中山道は左側の緩やかな道を行くようになった

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道の右側、落合川の上流にダムが作られている

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落合大橋を渡り緩やかな上りとなる

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視界が開け、遠く笠置山が見える

~ つづく ~