エジプトツアー 6日目の2 (2015.3.27)
午後からは「太陽の昇る生者の町」と言われるルクソール東岸に出掛けたのだが、朝のモーニングコールの時間が早かったこともあり昼食後部屋に戻りウトウトしていて出発ぎりぎりに飛び出して来てバスに乗り込んだ。
バスは寄港先で日替わりで配車されてくるのだが、この日やって来たのは身体がすっぽりとはまる横3列シートの豪華バス。ナイル川を渡らずに直進しルクソール神殿を通り過ぎたまでは記憶にあるのだが???
次に気付いた時にはバスの中に人影はなく、前の方に運転手とツーリストポリスだけしかいず駐車場まで回送している所であった。
すぐに運転手から送ってもらい着いた所は貴金属店。てっきり遺跡でみんなが待っていると思ったものだから拍子抜け。。。 こんなんならばみんなが買物の終わるまで30分ほど眠りこけていても何の問題も起きなかったのに???
バスは寄港先で日替わりで配車されてくるのだが、この日やって来たのは身体がすっぽりとはまる横3列シートの豪華バス。ナイル川を渡らずに直進しルクソール神殿を通り過ぎたまでは記憶にあるのだが???
次に気付いた時にはバスの中に人影はなく、前の方に運転手とツーリストポリスだけしかいず駐車場まで回送している所であった。
すぐに運転手から送ってもらい着いた所は貴金属店。てっきり遺跡でみんなが待っていると思ったものだから拍子抜け。。。 こんなんならばみんなが買物の終わるまで30分ほど眠りこけていても何の問題も起きなかったのに???
この日は横2列+1列シートの超豪華ゆったりバス
貴金属店で眠気覚ましにコーヒー($1)を飲んだ後、バスに戻りあらためて午後の最初の見学先のカルナック神殿へ。
新王国時代といわれる紀元前16世紀から500年にわたり、当時テーベと呼ばれた今のルクソールに建てられた宮殿である。宮殿の複数形はカスールで、ルクソールの語源と言われている。守護神のアメン神を祀った神殿で、後にアラブ人が入って来てカルナックという地名になった。
134本の大列柱室からなるアメン神殿、トトメス1世のオベリスクとハトシェプスト女王のオベリスクがそれぞれ1本ずつ残っている。元々オベリスクは2本対で立てられるが、この内の現存するオベリスクの中で世界一高いハトシェプスト女王のオベリスク(29.56m)と対である1本は地震で倒壊し聖池の近くに置かれている。
オベリスクは2日前に見たアスワンの石切り場からナイル川を船に載せて運ばれてきたもので、雨期に水位が神殿の入口まで上がった時に運び込まれ、立てる位置まで築いたスロープに沿って引き上げられ、砂で満たした穴の上から徐々に下に降ろされ立てられた。
他には西に陽が沈んでから夜のうちに東まで運んでくるとされるフンコロガシが神として崇められており、フンコロガシの像の周りを回って願掛けすると願いがかなうとされている。
新王国時代といわれる紀元前16世紀から500年にわたり、当時テーベと呼ばれた今のルクソールに建てられた宮殿である。宮殿の複数形はカスールで、ルクソールの語源と言われている。守護神のアメン神を祀った神殿で、後にアラブ人が入って来てカルナックという地名になった。
134本の大列柱室からなるアメン神殿、トトメス1世のオベリスクとハトシェプスト女王のオベリスクがそれぞれ1本ずつ残っている。元々オベリスクは2本対で立てられるが、この内の現存するオベリスクの中で世界一高いハトシェプスト女王のオベリスク(29.56m)と対である1本は地震で倒壊し聖池の近くに置かれている。
オベリスクは2日前に見たアスワンの石切り場からナイル川を船に載せて運ばれてきたもので、雨期に水位が神殿の入口まで上がった時に運び込まれ、立てる位置まで築いたスロープに沿って引き上げられ、砂で満たした穴の上から徐々に下に降ろされ立てられた。
他には西に陽が沈んでから夜のうちに東まで運んでくるとされるフンコロガシが神として崇められており、フンコロガシの像の周りを回って願掛けすると願いがかなうとされている。
第2塔門手前の前庭 左側にラムセス2世像がある
これもラムセス2世の像?
ラムセス2世像には常に王妃ネフェリタルの姿が この像に神官ピネジェムが自身の名を彫った
134本の大列柱室
柱を繋いでいる梁にはカラフルな装飾が残っている
柱を繋いでいる柱の繋ぎの上にかつては出れた?
フンコロガシの像の周りを反時計方向に回って願掛けをする
ルクソール神殿はカルナック大神殿の付属施設として建てられ、スフィンクスの参道で繋がっていた。
入口にはラムセス2世のオベリスクが1本残っているが、その対となるものは1819年にフランスに送られてパリのコンコルド広場に立っている。高さは22.5mある。
ローマ時代には軍の要塞となり、部分的に塗り替えられたこともある。
入口にはラムセス2世のオベリスクが1本残っているが、その対となるものは1819年にフランスに送られてパリのコンコルド広場に立っている。高さは22.5mある。
ローマ時代には軍の要塞となり、部分的に塗り替えられたこともある。
第1塔門の間を抜けてラムセス2世の中庭へ
ラムセス2世の中庭
左手にラムセス2世の立像が並んでいる
その右端の像の左足の後ろに王妃ネフェリタルの姿が
列柱の上部はハスの花をイメージしている
ここまででルクソールの観光は終わり、17時過ぎにOPツアーに出掛ける人を出発地に下ろしてクルーズ船に戻ってきた。
夜は注文していた土産を受け取り精算。夕食のドリンク代の精算もして、21時からはベリーダンスショーを見物し、これでエジプトでの旅程は全て終了した。
夜は注文していた土産を受け取り精算。夕食のドリンク代の精算もして、21時からはベリーダンスショーを見物し、これでエジプトでの旅程は全て終了した。
西岸に沈んで行く夕陽
20時から夕食
=つづく=