エジプトツアー 6日目の1 (2015.3.27)

この日は暑くなるということで午前の部は7時15分にホテル出発。そのためモーニングコールが5時15分で6時から朝食であった。
出発の時間に2階のレセプションに行くと自分たちの乗っている船は岸から3番目に停泊しており、岸まで行くには2隻の船のレセプションエリアを抜けて行く必要があった。

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この日の朝食は6時からと早かった 前日と同じく和食プライベートコーナーでみそ汁を頂いた

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一番沖に停泊していたので岸まで2つの船のレセプションを抜けて行かなければならない

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岸に停泊していたのはソネスタ・ムーン・グッドネスという船だった

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僕たちの船と違って各客室にバルコニーが付いていて装飾も豪華な船だった

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ここはルクソールなので新たなバスと新たなツーリストポリスが僕たちを待っていた

最初に少し下流にある橋を渡り、死後の世界と言われるルクソールの西岸へと入って行った。ルクソールの遺産は屋外にあるため東も西も関係ないのだが、逆光にならず見易いのが午前は西岸で午後は東岸なのだという。
橋を渡りナイル川沿いに北方向に向かうと、ちょうどサトウキビの収穫時期でトロッコ車両にサトウキビが積まれているのが目に入った。
バスはまず「メムノンの巨像」と呼ばれる遺跡に入った。当初ここにあったアメンホテフ王の葬祭殿はそれ以降の王によって破壊されたのだが、紀元前27年の地震でここに残っていた2体の像が崩れ胸の部分に穴が空いたのだそうで、その時以降夜明けに風が吹くとうめき声にも口笛にも似た悲しげな音が聞こえるようになったそうで、トロイア戦争に登場するエチオピア王メムノーンの名が付き「メムノンの虚像」に大勢の観光客が訪れるようになったのだという。それから時代が立ち地震で落ちた頭部が復元されると音も出なくなったそうである。

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2体の巨像の背後に葬祭殿があった跡地が広がる

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それぞれの像をアップで!

続いて向かったのはハトシェプスト女王の葬祭殿。トトメス1世の娘として生まれ異母兄のトトメス2世と結婚し、トトメス2世の遺言で彼の妾の子トトメス3世を後継ぎにと言われたものの、彼が幼少だったので生育するまでという名目で王座に居座る。
女王の死後葬祭殿の壁画などの女王の顔などが剥がされトトメス3世がやったこととされているが、女王が君臨していたことを後世に残したくないという輩の仕業とも言われている。確かに後継王の権力からすれば葬祭殿そのものを抹消することすら可能だったろうが、壁画や立像の破壊程度のことからすると息子王の仕業とも思えなくもない。
葬祭殿から帰る時に揃いのTシャツの一団が整列して写真撮影をしていて、背中にOtsukaの文字が見えたので聞いて見るとポカリスエットという答えが返ってきた。大塚製薬現地法人のアラブ大塚製薬の社員研修かCM撮影のようであった。

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葬祭殿のかなり離れた所でバスを降りる

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入口で渡されたチケット下にちょこっと葬祭殿の一部が写っているが。。。

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環境保護のため葬祭殿までは電気カートに乗って行く

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電気カートを降りた所で写真を一枚

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復元されたスフィンクス とはいっても茶色の部分だけが元の破片

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一層目の一番右側の部屋でガイドのモーセンから色鮮やかな内装の説明を受ける

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絵も抽象文字も3500年経った今でも鮮やかな色のまま残っている

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ところどころ剥がされている所にはハトシェプスト女王に関することが描かれていた

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2層目から3層目に上がる階段の左側に置かれたホルス神の像

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階段を登って行くと3層目の両側には女王の像がずらりと並んでいた名残がある

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右側に並ぶ女王の像

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さらに奥の神殿へと入って行く

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葬祭殿3層のテラスからの眺め

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葬祭殿の前にズラリと並んだOtsukaのネームの入ったTシャツを着た一団

ハトシェプスト女王の葬祭殿を出て向かったのはエジプト新王国時代の歴代の王の墓所である王家の谷。
ここから先は一切の撮影機材の持ち込みは禁止で、乗って来たバスの中において見学に出掛けた。中で入ってみた墓穴は3箇所。
タウセルト女王とセトナクト王(KV14)…タウセルト女王がセティ2世(KV15)の隣に造り掛けたのを、セトナクト王が流用して増設した。玄室が2つあるのが特徴。途中王が亡くなって以降は彩色されていないレリーフも多い。
ラムセス3世(KV11)…掘り掛けた所途中でそれ以前に造られたアメンメス王墓(KV10)にぶつかったのでしかたなく途中から内部を曲げて作った。在位期間が長く壁のレリーフも立派である。妾の数も子供の数も多かったようで途中にそれを匂わせる、王妃と各妾ごとに性器から子供の数に見合う数の精子を飛ばしているちょっとエッチなレリーフがあった
ツタンカーメン(KV62)…この王墓だけ100ポンド(約1500円)が別料金で必要。この墓の上にKV9のラムセス5世・6世の墓があり、その墓を作る際に掘り出した土でツタンカーメン王の墓の入口が覆われたため、1922年にイギリスの考古学者ハワード・カーターに発見されるまで盗掘にもあっていずにほぼ完ぺきな形で見つかった。埋蔵品のほとんどがカイロの博物館に移されたため、現在はミイラが一体と石棺の内の一つが残っているだけで寂しい感じ。

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バスで王家の谷に向かう

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バスの駐車場から先はカメラの持ち込み禁止 この先は電気カートに乗り換える

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王家の谷の入場チケット 各王墓の入口でパンチ穴が開けられる

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ツタンカーメン(トゥト・アンク・アムン)の墓の特別入場チケット

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グーグルアースで見た王家の谷

王家の谷で3ヶ所の墓を見て午前中は終わり。西岸から橋を渡って東岸に停泊している船に戻って昼食を摂った。

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ナイル川の東岸に戻る時見たら、僕たちの船のいる所より橋の下流に停泊している船の方が多かった

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AMWAJ号に戻る時に、ソネスタ・ムーン・グッドネス号の内部を撮影

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ステンドグラスの内装

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天井の照明

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AMWAJ号に戻り昼食

=つづく=