東日本大震災・復興支援ボランティア・4月11日

昨夜は寝ようと思っていた頃に小さな余震があった。

今日は6時半に起床し7時に朝食を摂り7時半にホテルを出た。
今回は県外からのボランティアを受け入れている、石巻多賀城、岩沼、亘理の各ボランティアセンターの中から岩沼市ボランティアセンターに関する情報が最も多く参考になったのでそこに行くことにした、
岩沼市のボランティアセンターでは9時から16時を活動時間として、9時に受付を開始しその日に依頼のあった市民宅にボランティアを派遣する。作業依頼よりもボランティア数が多い場合らは、ボランティアは待機となる。8時半頃には空け付け前に行列ができることを先のページを読んで分かっていたので、仙台~岩沼間約20kmを1時間で行けると踏んでホテルを7時半に出たのだが、初めての道でしかも通勤時間帯とあって思いのほか現地に着くのが遅れ、9時を少し回ってしまっていた。
受付で名前とやりたい業務を登録して順番待ちの列に並んで待っていたところ、僕たちの15人くらい前で午前の業務が満杯となって結局活動は午後の部まで待機ということになり、整理券をもらって12:30に再び集合することになった。
3時間ほどあるが遠くまで出かけて帰って来れなかったり。また余震もあるかもしれないのだが、せっかくここまで来たからには被災状況も見ておきたいと海岸方面に行ってみた。この広大な部分を6~7mも海水が覆ったのが信じられないくらいであったが、まだまだ放置されている車や流木や崩れかけている民家が悲惨な現状を物語っていた、
11時前にボランティアセンターに戻り、前日確保していたおにぎりを食べたりして時間を過ごした、
午後の受付が始まり、3件目にようやくオリエンテーションルームに呼ばれ作業内容を教えてもらった。市内の工場の泥出しと、建物周りの流木の撤去である。メンバーは男3人、女3人で、未経験者が僕たち夫婦を含め4名。何日もここで活動している若者がリーダーとなった。現場は仙台空港付近の工業団地。この工場には地震の1時間後に3階建ての1階部分が丸々浸かり、上の階で水が引くのを待ったのだそうである。この日は重機や廃棄物搬送のトラックが何台も入っていたが、工場内部や建物と建物の間などは人手に頼らなければならない状態。女性が建物周りに積もった泥の撤去や内部の泥の掻き出し、男性が隣の建物との間に留まっている流木などの搬出を受け持ち、2時間の作業を終えた。
作業に加わったものの、やったところは着実に片付いていくのだが、それ以上に周りの膨大な面積にいささか打ちのめされ感も。。。
作業完了後ボランティアセンターで機材や長靴を洗って解散。仙台市内に戻り、前日とは別のホテルにチェックイン。どのホテルも満杯状態で連泊は望めない。ホテルに落ち着いてまもなく17:16福島沖を震源とするM7、震度6弱の大きな余震が発生。仙台も震度4ながら長時間ゆれた、形態に予知情報のメールが入りちょうど見ていたTVの画面にテロップが流れて、7~8病後に揺れ始めた。直下の場合はともかく少し離れた所では効果が期待できると感じた。
この文章を考えている最中にもまた余震があった。

~ つづく ~